炭鉱見学

三井(みつい)松島(まつしま)リソーシス株式会社(かぶしきがいしゃ)が行っている(おこなっている)、池島(いけじま)体験(たいけん)プログラムという炭鉱(たんこう)見学(けんがく)があります。これは、2001年(ねん)に閉山(へいざん)となった九州(きゅうしゅう)最後(さいご)の炭鉱(たんこう)であった池島(いけじま)炭鉱(たんこう)の坑道(こうどう)見学(けんがく)ができるもので、見学(けんがく)用(よう)に復元(ふくげん)された坑道(こうどう)での石炭(せきたん)採取(さいしゅ)体験(たいけん)などができる坑外(こうがい)模擬(もぎ)坑道(こうどう)見学(けんがく)コースと、炭鉱(たんこう)坑内(こうない)の見学(けんがく)ができる坑内(こうない)見学(けんがく)コースがあります。現役(げんえき)炭鉱(たんこう)マンの説明(せつめい)を聞き(きき)ながら、石炭(せきたん)産業(さんぎょう)の現場(げんば)を知る(しる)ことができます。坑内(こうない)見学(けんがく)コースでは、防塵(ぼうじん)マスクやヘルメットなどの装備(そうび)をしての入坑(にゅうこう)の準備後(じゅんびご)、炭鉱(たんこう)坑内(こうない)へ入坑(にゅうこう)します。坑道内(こうどうない)を徒歩(とほ)、もしくはトロッコで入坑(にゅうこう)し坑内(こうない)現場(げんば)を見学(けんがく)します。炭鉱(たんこう)は海面下(かいめんか)130mにあり、実際(じっさい)に見学(けんがく)した人(ひと)はその迫力(はくりょく)に驚き(おどろき)ます。日本(にっぽん)の近代化(きんだいか)を支え(ささえ)てきた歴史(れきし)に触れる(ふれる)ことができる場所(ばしょ)です。本物(ほんもの)のキャップライト、防塵(ぼうじん)マスクを装着(そうちゃく)しての本物(ほんもの)の炭鉱(たんこう)見学(けんがく)は貴重(きちょう)な体験(たいけん)となります。池島(いけじま)炭鉱(たんこう)は1952年(ねん)(昭和(しょうわ)27年(ねん))に開発(かいはつ)が始まっ(はじまっ)た炭鉱(たんこう)です。長崎県(ながさきけん)の西彼杵(にしそのぎ)(にしそのぎ)半島沖(はんとうおき)、池島(いけじま)周辺(しゅうへん)にあった海底(かいてい)炭鉱(たんこう)で、池島(いけじま)は炭鉱(たんこう)が出来る(できる)前(まえ)は人口(じんこう)が300人(にん)強(きょう)の小さな(ちいさな)漁村(ぎょそん)でしたが、人口(じんこう)は一時(じ)7000人(にん)を越え(こえ)ました。しかし、円高(えんだか)で海外産(かいがいさん)の石炭(せきたん)との価格差(かかくさ)が3倍(ばい)にもなり、国(くに)が国内産(こくないさん)の石炭(せきたん)の縮小(しゅくしょう)を打ち出し(うちだし)ました。そして、池島(いけじま)炭鉱(たんこう)は42年(ねん)に渡る(わたる)歴史(れきし)を終え(おえ)ました。現在(げんざい)、池島(いけじま)炭鉱(たんこう)は長崎(ながさき)炭鉱(たんこう)技術(ぎじゅつ)研修(けんしゅう)センターとして研修(けんしゅう)事業(じぎょう)を開始(かいし)しており、ベトナムやインドネシアの研修生(けんしゅうせい)を受け入れ(うけいれ)ています。

防塵マスク

三井松島リソーシス株式会社が行っている、池島体験プログラムという炭鉱見学があります。

防塵マスク